大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成7年(ネ)1414号 判決

控訴人

甲野太郎

被控訴人

宮崎貞夫

長瀧叔子

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人宮崎貞夫は、控訴人に対し、金三六二万一〇〇〇円及びこれに対する平成六年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人長瀧叔子は、控訴人に対し、金二四〇万九〇〇〇円及びこれに対する平成六年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを一〇分し、その七を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人宮崎貞夫は、控訴人に対し、一一三〇万円及びこれに対する平成六年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人長瀧叔子は、控訴人に対し、五七〇万円及びこれに対する平成六年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

控訴人は、第二東京弁護士会所属の弁護士であり、また、宮崎義数(昭和六三年二月九日死亡。以下「義数」という。)とその妻ナミ(昭和五八年九月二三日死亡。以下「ナミ」という。)の子として、長女高橋昌子(以下「高橋」という。)、二女被控訴人長瀧叔子(以下「被控訴人長瀧」という。)、三女坂井節子(以下「坂井」という。)及び長男被控訴人宮崎貞夫(以下「被控訴人宮崎」という。)がいる。

2  (訴訟委任契約)

控訴人は、義数らから、報酬金については訴訟完結時における原判決別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)の時価と弁護士会所定の報酬会規の基準額を参考にして、その都度協議する旨合意した上、次のとおり、委任を受けて訴訟を追行した(原審及び上訴審を含む。)。

(一) 高橋が義数に対して本件不動産について真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続等を求めた訴訟事件(第一審途中で義数が死亡し、被控訴人らが承継した。以下「高橋事件」という。)

(1) 東京地方裁判所昭和六一年(ワ)第八五五九号土地建物所有権移転登記等請求事件

平成二年二月二七日 請求棄却の判決

(2) 東京高等裁判所平成二年(ネ)第八三三号同控訴事件

平成三年五月一五日 控訴棄却(控訴審における新たな予備的請求認容)の判決

(3) 最高裁判所平成三年(オ)第一三六三号同上告事件

平成三年一一月二九日 上告棄却の判決

(二) 坂井が、被控訴人らに対して、義数が株式会社ゼニア(以下「ゼニア」という。)に代金一億三〇〇〇万円で本件不動産を売却したこと(以下「本件生前処分」という。)が後記遺言に抵触する生前処分(以下「本件生前処分」という。)に当たるので、義数の昭和五八年一二月二七日付け公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)はこれにより取り消されたとして、本件不動産の四分の一の持分権の確認等を求めて提起した訴訟事件(以下「坂井事件」という。)

(1) 東京地方裁判所昭和六三年(ワ)第六五九七号土地建物所有権移転登記抹消登記等請求事件

平成元年一二月二七日 請求一部認容の判決

(2) 東京高等裁判所平成元年(ネ)第四四五六号同控訴事件

平成二年六月二七日 原判決取消し、請求棄却の判決

(3) 最高裁判所平成二年(オ)第一三七三号同上告事件

平成三年一一月一九日 上告棄却の判決

3  (報酬額)

(一) 高橋事件について

高橋事件の完結時は、上告棄却判決が出された平成三年一一月であるところ、当時の本件不動産の価格は、約四億五〇〇〇万円(平成三年度東京都地価図記載の坪当たり価格七五〇万円×約六〇坪〔本件不動産のうちの土地の面積〕)であり、被控訴人らの経済的利益は、高橋及び坂井の遺留分相当額(計四分の一)を除くと、その四分の三となるから、約三億三七五〇万円となる。

右経済的利益と弁護士会報酬会規の基準額を参考にすると、高橋事件の報酬金額は、少なくとも一三〇〇万円である。

(二) 坂井事件について

坂井事件の完結時は、上告棄却判決が出された平成三年一一月であるところ、当時の本件不動産の価格は、前記のとおり、約四億五〇〇〇万円であり、被控訴人らの経済的利益は、高橋及び坂井の遺留分相当額(計四分の一)を除くと、その四分の三となるから、約三億三七五〇万円となる。

右経済的利益と弁護士会報酬会規の基準額を参考にすると、坂井事件の報酬金額は、少なくとも一三〇〇万円である。

(三) 被控訴人らの各報酬金額について

高橋事件及び坂井事件の報酬金額の合計は、前記のとおり、二六〇〇万円となるところ、控訴人は、そのうち二三〇〇万円を請求することにするが、被控訴人らの各報酬金額については、本件遺言(本件不動産について、被控訴人宮崎に一〇分の七の割合で、被控訴人長瀧に一〇分の三の割合でそれぞれ相続させる。)に準拠して定めるのが相当であるから、被控訴人宮崎の報酬金額は、右二三〇〇万円の一〇分の七である一六一〇万円となり、被控訴人長瀧の報酬金額は、右二三〇〇万円の一〇分の三である六九〇万円となる。

4  (一部支払)

被控訴人宮崎は、控訴人に対し、平成五年一一月八日、右報酬金として四八〇万円を支払い、被控訴人長瀧は、控訴人に対し、同月一〇日、右報酬金として一二〇万円を支払った。

5  (報酬金残金支払催告)

控訴人は、被控訴人らに対し、平成五年一二月二七日付け書面により、報酬金残金(被控訴人宮崎については一一三〇万円、被控訴人長瀧については五七〇万円)を平成六年一月一七日限り支払うよう催告し、右書面は、平成五年一二月二七日ころ被控訴人らに到達した。

6  (結論)

よって、控訴人は、被控訴人らに対し、右訴訟委任契約に基づき、報酬金残金(被控訴人宮崎については一一三〇万円、被控訴人長瀧については五七〇万円)及びこれに対する右催告期限の翌日である平成六年一月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)は認める。

2  同2(訴訟委任契約)のうち、弁護士報酬金についての合意は否認し、その余は認める。

控訴人は、被控訴人らに対し、弁護士会の報酬規定を見せたことはないし、高橋事件及び坂井事件は、いずれも不当訴訟であるから、弁護士報酬を大幅に減額すべきであるし、また、いずれも本件不動産の帰属をめぐる争いであるから、実質的には一つの事件というべきである。

また、坂井事件は、本件遺言がされているにもかかわらず、義数がゼニアに対し本件不動産を売却したことにより、民法一〇二三条に基づき本件遺言が取り消されたとして提起されたものであるところ、控訴人は、本件遺言の遺言執行者という立場にありながら、右売却に立会人として関与した者であるから、右売却に当たり、義数らに対し、本件不動産をめぐる紛争を未然に防止するために新遺言書の作成を助言するなどの義務があったにもかかわらず、それを怠ったものである。したがって、坂井事件については、報酬を支払う義務はない。

さらに、被控訴人らの控訴人に対する訴訟委任は、本件不動産から坂井を退去させることを目的としたものであるから、坂井事件等において勝訴したからといっても、坂井が右退去をしていない以上、依頼の目的を達成していないこととなる。

加えて、被控訴人らが控訴人に対して本件不動産からの坂井の退去を求める訴訟の依頼をしたにもかかわらず、控訴人は正当な理由もなくこれを拒否したのであるから、右拒否を弁護士報酬減額事由として考慮すべきである。

3  同3(報酬額)は争う。被控訴人らは、本件不動産を二億円で売却したところ、被控訴人らの手取額は、相続税等を控除した上で和解調書(東京高等裁判所平成五年(ネ)第一四一一号、第一八一九号)上の割合(被控訴人宮崎48.75パーセント、被控訴人長瀧20.625パーセント)で分割すると、計約七六二〇万円にすぎないのであるから、弁護士報酬は、右手取額を基準にすべきである。また、坂井事件の経済的利益は、坂井事件が本件遺言の有効性を争ったものであるから、被控訴人らの右和解調書の割合と法定相続分(計五〇パーセント)との差額三八七五万円(2億円×0.19375。税金等の諸経費を差し引くと一三五九万円となる。)であるというべきである。

4  同4(一部支払)は否認する。

5  同5(報酬金残金支払催告)は否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1(当事者)は、当事者間に争いがない。

2  同2(訴訟委任契約)について

(一)  同2のうち、弁護士報酬金についての合意を除く事実は、当事者間に争いがない。

(二)  弁護士報酬金についての合意について

民法六四八条一項によれば、委任契約は、原則として無償契約とされているが、弁護士のように委任を受けることをその職務としている場合には、報酬について明示の合意がなくても、報酬を支払う旨の合意があると解するのが相当と解すべきところ、高橋事件及び坂井事件の報酬額について、控訴人と被控訴人らとの間において、具体的な報酬額の合意がなかったことは、当事者間に争いがない。

そこで、高橋事件及び坂井事件の訴訟委任契約において、その報酬額についていかなる合意がされたかにつき検討するに、甲一号証の一ないし四、二号証の一ないし五、三号証の一ないし一〇、四号証の一、二、一〇号証、一二号証、乙一六号証、控訴人及び被控訴人宮崎貞夫各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

控訴人と被控訴人宮崎は、昭和五六、七年ころ、共通の友人を介して知り合い、控訴人は、被控訴人宮崎から、義数らと高橋らとの間の金銭をめぐるトラブルの話などを聞くようになった。その後、ナミが昭和五八年九月二三日に死亡した後、被控訴人らの家族間の対立が表面化し、坂井が義数を被告として本件不動産の二分の一の共有権の確認等を求める訴え(東京地方裁判所昭和五八年(ワ)第一二九五七号)を提起し、控訴人は、義数から、右訴訟事件の委任を受けてこれを追行したほか、義数から、坂井又は高橋との間の多数の訴訟事件の委任を受けてこれを追行した。

その後、控訴人は、義数から、昭和六一年ころ、高橋事件の訴訟委任を受けたが、その際、弁護士報酬については、その額について明確な合意をすることなく、その都度所属弁護士会の報酬会規に基づいて着手金等を請求しながら、高橋事件を追行した。ところが、昭和六三年二月九日、義数が死亡するに至り、その後は、被控訴人らがこれを承継した。また、控訴人は、被控訴人らから、昭和六三年ころ、坂井事件の訴訟委任を受け、その際、弁護士報酬については、高橋事件におけるのと同様にその額について明確な合意をしないまま、その都度所属弁護士会の報酬会規に基づいて着手金等を請求しながら、坂井事件を追行した。その結果、高橋事件については、平成三年一一月二九日、被控訴人らの勝訴が確定し、坂井事件についても、平成三年一一月一九日、被控訴人らの勝訴が確定した。

右認定事実によると、控訴人と被控訴人らとの間においては、弁護士報酬をどのように定めるかについて明確な合意がなかったものと認められる。この点について、控訴人は、報酬金については、訴訟完結時における本件不動産の時価と弁護士会所定の報酬会規の基準額を参考にして協議する旨の合意があった旨主張するが、このような合意があったと認めるに足りる証拠はない。

(三)  弁護士報酬の算定方法について

弁護士の報酬について右のように当事者間において合意がされていないような場合であっても、前記のとおり有償契約としての性質上、その額を定める必要があるところ、その額を定める上においては、所属弁護士会の報酬規程に準拠しつつ、事件の難易、訴額、労力の程度及び依頼者との平生からの関係その他諸般の状況をも考慮して、相当報酬額を算定するのが相当である。けだし、弁護士会の定める報酬規程自体は、具体的事件における報酬を定める場合の合理的基準として、所属弁護士会によって定められ、かつ、公にされているものであるから、当事者が特に反対の意思を表示しない限り右規程に準拠して報酬を定めるのが合理的であるからである。

ところで、被控訴人らは、高橋事件と坂井事件はいずれも不当訴訟であるから、弁護士報酬を大幅を減額すべきであり、また、本件不動産の帰属をめぐる争いであるから、実質的には一つの事件である旨主張する。しかし、高橋事件及び坂井事件が不当訴訟であると認めるに足りる証拠はない。そこでまず、両事件が弁護士報酬を算定する上で一つの事件か否かにつき判断するに、控訴人の所属する第二東京弁護士会の報酬会規(甲九号証)によれば、報酬金は、依頼の目的を達した時に支払を受けるものとされ(同会規二条二項)、弁護士報酬は、一件ごとに定めるものとし、裁判上の事件は審級ごとに一件とする旨定められ(同三条一項)、同一弁護士が上訴審の民事事件を引き続いて受任したときの報酬金は、依頼を受けた最終審の報酬金のみを受けるものとされている(同条二項)。民事訴訟法上の審判の対象は権利主張ごとに異なり、その上当事者を異にする場合にも、右審判の対象は異なると考えられるが、弁護士報酬算定の単位となる事件は、報酬を算定する際の基準となるものであるから、必ずしも右審判の対象と同一である必要はなく、弁護士報酬に関する規程の趣旨に照らし、具体的事案ごとに定めるべきである。右観点に立って、高橋事件と坂井事件の事件の同一性につき検討するに、甲二号証の一ないし三によれば、高橋は、種々の物件の買換えの後取得した自己所有の物件(東京都目黒区柿の木坂一丁目五番一四の土地及び同土地上の建物)の売却代金をもって本件不動産を購入又は建築したものであり、その所有権は高橋にあるとして、本件不動産についての所有権移転登記手続等を求めて、高橋事件を提起し、これに対し、義数は、事故の資金を持って本件不動産を購入した旨主張して、その請求原因を全面的に争った結果、高橋の請求がいずれも棄却され、さらに控訴審においては、高橋から、予備的請求として、遺留分減殺請求に基づく本件不動産の八分の一の共有持分の確認請求がされ、被控訴人らが右予備的請求の請求原因事実を認めた結果、高橋の主位的請求(右所有権移転登記請求)に関する控訴は棄却されたものの、高橋の予備的請求は認容され、上告審も、控訴審の右判決を支持したことが認められる。他方、甲一号証の一ないし三によれば、義数は、本件遺言において、本件不動産を被控訴人宮崎に一〇分の七、同長瀧に一〇分の三の割合で相続させるものとしていたところ、坂井は、ゼニアに対する本件生前処分が本件遺言に抵触する生前処分であり、これにより本件遺言の効力は失われたとして、本件不動産の持分四分の一が自己に属することの確認を求めて坂井事件を提起し、これに対し、被控訴人らは、本件生前処分が本件遺言と抵触することを争い、本件遺言の有効性を主張したところ、第一審は、坂井が本件不動産の四分の一の共有持分権を有することを認める旨の判決を出したが、控訴審は、第一審の右判決中の被控訴人らの敗訴部分を取り消し、坂井の請求をいずれも棄却する旨の判決を出し、上告審も、控訴審の右判決を指示したことが認められる。右認定事実によれば、高橋事件と坂井事件は、その請求原因を異にし、訴訟における争点も異なるものであることが明らかである。したがって、右両事件がともに本件不動産の所有権の帰属をめぐる争いであるとしても、その争点が異なる以上、両事件を受任した控訴人としては、高橋事件においては、高橋が主張する各不動産の取得経過を調査するなどしなければならないのに対し、坂井事件においては、本件生前処分の経緯や本件遺言の趣旨等を主張・立証しなければならないというように、裁判資料の収集等において、異なる訴訟活動をせざるを得ないのであるから、その報酬も別個に算定するのが相当であって、両事件が本件不動産の所有権の帰属をめぐる事件であることを理由に、包括的に一件の訴訟として弁護士報酬を算定することは相当ではないというべきである。もっとも、両事件の請求原因は、前記のとおり相互に異なるけれども、両事件は、ともに本件不動産をめぐる相続人間の紛争であるから、裁判資料が共通することは否定できないが、これらの事情は、報酬額の算定において減額事由として考慮するのを相当とするものというべきである。

3  同3(報酬額)について

控訴人の所属する第二東京弁護士会の報酬会規によれば、弁護士報酬金は、事件の依頼の目的を達した時に、事件処理により確保した経済的利益の価額を基準として算定してこれを支払うこととされていること(同会規二条二項、一五条)、その経済的利益の算定に当たっては、所有権確認請求においては対象たる物の時価が基準とされ、不動産についての所有権の登記手続請求においてもこれに準じた額を基準とするとされていること(同一六条)が認められる。

そこで、これらの規定に従って高橋事件及び坂井事件の弁護士報酬金の適正額を算定すると、前記のとおり、両事件とも、平成三年一一月に被控訴人ら勝訴の判決が確定しているから、右時点が依頼の目的を達した時にあたると認められる。次に、前記認定のとおり、高橋事件は、本件不動産についての所有権移転登記請求権等を目的とするものであるが、控訴審においては、高橋の右所有権移転登記請求(主位的請求)に関する控訴は棄却されたものの、被控訴人らは高橋の予備的請求(遺留分減殺請求に基づく本件不動産の八分の一の共有持分確認等請求)の請求原因事実を認め、高橋の右持分確認等請求を認容する判決が出され、上告審においても、右控訴審判決が維持されたのであるから、右報酬会規一六条一項一〇号により、平成三年一一月当時の本件不動産の時価(ただし、高橋事件の処理によって確保した経済的利益は、高橋の遺留分相当分八分の一を控除すべきところ、控訴人は、右経済的利益については、高橋及び坂井の遺留分相当分計八分の二を控除した右時価の八分の六である旨自認しているので、右時価の八分の六とする。)を基準に弁護士報酬金を算出することとなる。他方、坂井事件は、本件不動産の四分の一の共有持分権の確認等を求めたものであるから、高橋事件と同じく、平成三年一一月当時の本件不動産の時価(ただし、本件不動産の四分の一の共有持分が、審判の対象とされ、坂井事件の処理により確保された経済的利益でもあるから、弁護士報酬金の算定の際の基準となるのは、右時価の四分の一となる。)を基準に弁護士報酬金を算出することとなる。さらに、平成三年一一月当時の本件不動産の時価を検討するに、控訴人は、当時の本件不動産のうちの土地の時価を四億五〇〇〇万円(坪当たり約七五〇万円)と主張するところ、甲一一号証の四によれば、平成三年七月一日現在の本件不動産の近隣に所在する東京都大田区田園調布三丁目三八番一八号の土地の基準地価は、一平方メートル当たり三〇五万円であると認められ、これによれば、控訴人主張の右時価を相当と認めることができる。これに前記報酬会規一八条の報酬金割合(基準価額を、高橋事件については、本件不動産の時価である四億五〇〇〇万円の八分の六の三億三七五〇万円とし、坂井事件については、本件不動産の右時価の四分の一の一億一二五〇万円とする。)に形式的に当てはめると、高橋事件の報酬金は一一九七万円となり、坂井事件の報酬金は五二二万円となる。

これに対し、控訴人は、所属弁護士会の報酬会規に照らし、両事件の報酬金を各一三〇〇万円とするが、以上によれば、一応の合理的な報酬金は、高橋事件については、一一九七万円を、坂井事件については、五二二万円をそれぞれ限度とすべきであるということができる。そして、両事件の裁判資料についての共通性、事件の難易、訴額、労力の程度及び依頼者との平生からの関係等の前記認定事実に係る諸般の事情に照らすと、それぞれの三割を減ずるのが相当である。したがって、合理的な報酬金額は、高橋事件については、八三七万九〇〇〇円(1197万×0.7)、坂井事件については、三六五万四〇〇〇円(522万円×0.7)とするのが相当である(合計一二〇三万円。ただし、一万円未満は切り捨て)。そして、被控訴人らは、本件遺言による持分割合に応じて、高橋事件及び坂井事件の処理による経済的利益を受けているものと考えられるから、右報酬金額については、被控訴人宮崎が一〇分の七(八四二万一〇〇〇円)、被控訴人長瀧が一〇分の三(三六〇万九〇〇〇円)の割合で負担すべきものとするのが相当である。

なお、被控訴人らは、被控訴人らと坂井(なお、高橋が利害関係人として参加している。)との間の訴訟事件(東京高等裁判所平成五年(ネ)第一四一一号、第一八一九号)における和解において、合意した本件不動産の持分割合を基準に坂井事件の経済的利益を算出すべきである旨主張する。しかし、甲九号証の報酬会規二条二項及び三条からも明らかなように、弁護士報酬は、一件ごとに依頼の目的を達した時に定めるものであって、前記認定のとおり、高橋事件及び坂井事件の勝訴判決の確定した時が依頼の目的を達した時であると解すべきである以上、その後に被控訴人らが控訴人に依頼することなく独自に訴訟を追行した結果、被控訴人らの本件不動産の持分が変動したからといって、控訴人の報酬金額に影響を与えるものではない。

また、被控訴人らは、売却代金から相続税等を控除した手取金額を弁護士報酬の基準にすべき旨主張するが、甲九号証の報酬会規一六条一項五号、一〇号に明らかなように、対象たる不動産の時価を基準とすべきである。仮に、被控訴人らの主張のごとく、対象不動産の売却代金の手取額を基準にすると、依頼者が適当に売却時期を選択することによって弁護士報酬額が左右されるという不当な結果を招くこととなって相当ではない。

さらに、被控訴人らは、控訴人が新遺言書作成の助言義務を怠ったことにより、坂井事件が提起されたのであるから、弁護士報酬は減額されるべきである旨主張する。しかし、甲一〇号証、一二号証及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人宮崎は、本件不動産から坂井を退去させるために、義数に対し、本件生前処分を進言し、買受人であるゼニアをして右退去手続をさせることにし、同時に右売却代金をもって新たな不動産を購入した上で、右不動産等を含めた義数の全財産を対象とする新遺言書の作成を計画していたことが認められるのであるから、控訴人において本件生前処分に当たり新遺言書の作成を助言しなかったとしても、直ちに弁護士としての義務に違反するものとはいえないのみならず、新遺言書の作成によって本件不動産に関する坂井の訴えの提起を防止できたと認めるに足りる証拠もない。

加えて、被控訴人らは、控訴人に対する訴訟委任は本件不動産からの坂井の退去を目的としたものであるから、右退去が実現されない以上、依頼の目的を達成していないことになる旨主張する。しかし、高橋事件、坂井事件とも、高橋、坂井が被控訴人らを相手どって訴えを提起したものであり、右両事件は、坂井の本件不動産からの退去を目的としているものでない上、控訴人の所属する第二東京弁護士会の報酬会規(甲九号証)によれば、弁護士報酬は、訴訟事件と民事執行事件とを明確に区別し、それぞれ一件ごとに報酬を定めるものとされているのであるから、被控訴人らの究極の目的が本件不動産からの坂井の退去であるとしても、坂井事件等において被控訴人らが勝訴した以上、訴訟事件の依頼の目的を達成したものというべきである。

最後に、被控訴人らは、控訴人が正当な理由もなく坂井に対して本件不動産からの退去を求める訴訟の受任を拒否した旨主張する。しかし、乙一六号証及び弁論の全趣旨によれば、着手金等について合意に達しなかったので、控訴人が右訴訟の受任を拒否したことが認められるのであるから、その拒否が不相当なものであったとはいえないのみならず、控訴人の右拒否が他の訴訟事件の弁護士報酬の減額事由になるともいえない。

4  同4(一部支払)は、乙一〇号証の一二、一三及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

5  同5(報酬金残金支払催告)の事実は、甲七号証の一四及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

二  結語

以上によれば、控訴人の本件請求は、被控訴人宮崎に対し三六二万一〇〇〇円(八四二万一〇〇〇円―四八〇万円)、被控訴人長瀧に対し二四〇万九〇〇〇円(三六〇万九〇〇〇円―一二〇万円)及びこれらに対する平成六年一月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきところ、これと異なる原判決は相当ではないからこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清水湛 裁判官瀨戸正義 裁判官西口元)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例